Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    sunny-side up in summer
 




 陽に真っ黒に焼けるのも何するものぞと、暑いことより退屈なのが勘弁と駆け回る、屈託のないお子様たちに負けず劣らず。スポーツに明け暮れる高校生は真夏でもお元気。各種競技の全国大会に、高校総体なんてものまでありますし、さすがに炎天下での無茶はいただけないものの、その馬力や回復力には目を見張るものがある。どんなに分析が進んでいようと、どんなに科学力が邁進しようと、基本は昔と大差無く。やる気と根気でこつこつと、日々の鍛練の積み重ね。体格という“器”だけが立派でも、粘りがついて来なきゃ話にならない。筋力の数値が計測上では上がったとても、試合時間は何十分という長丁場。鋭い集中力が寄り添ったまんまで、きっちり走り続けられなきゃ意味がない。

  「っせぇ・ごーぜーっ!」
  「おうっ!」

 ランニングやロードワークなどに出発する時に、いつも掛けられる号令があって。毎回ちゃんと聞いているのに、2年目の今になっても未だに意味が分からないまんま。号令係の副長さんは滑舌のいいツンさんだから、聞き取れなくって判らない…というのではない筈で、
“…あれだな、きっと。”
 どうせ言ってる本人にだって意味は分かってないのかも。よさこい踊りの大会なんかでよく使われる“らっせ、らっせ”の掛け声みたいなもんで、意味まではないんだ、きっと。な〜んて決めつけて、ふんっとばかりに息をつく。それからそれから、現地班のチアのお姉さんたちが冷やしタオルやスポーツ飲料を揃えているのを見て回り、
「…じゃ、今日の割り振りはそれでいくから。」
「はい、判りました。」
 後方補佐班の総合監督はメグさんで、主務のお兄さんとバインダーを覗き込み合っての、今日の予定の刷り合わせ中。練習のスケジュールと、それに沿った用具や場所の整理に準備、それからメンバーたちの体調管理。
「高瀬がちょっと寝不足らしい。カノジョといつまでも電話してたってらしいから自業自得なんだけど、この暑さの中じゃあ、そうも言ってらんないからね。」
「そうですね。」
 でも、此処でなら大丈夫じゃないのかな。坊やが思わずくすすと笑ったら、それが届いたか。涼しげなキャミソールタイプのカットソーと半袖のボレロに、動きやすそうなハーレムパンツといういで立ちのメグさんも、こっちを見やりがてらに苦笑する。
「ま、ルイやシノブ辺りが目を配ってようから、少しでものぼせたなら、海の水をぶっかけまくることだろけれど。」
 そう。彼らがいる此処は、南神奈川は湘南の砂浜。照りつける太陽にじりじりと炙られた白砂は不安定さが足腰へ響くし、何より熱く。かといって水気を求めて湿った側を選べば選んだで、足を取られてますます大変。なかなかハードな、浜辺のジョギングトレーニングへと入った男衆たちは、賊徒学園高等部所属のアメフトチームの面々であり。新学期に入ればすぐにも開幕の、秋季選手権大会目指して、集中合宿中。正に“盛夏”と言わんばかりの、痛いほどの陽射しが、濃青の空を真っ直ぐ突っ切り、天空から次々と降りそそぐものの、えいえい・おうさと踵をしっかり上げてのランニングに、よたった気配は微塵もなくて。
「春大会からこっち、中途半端に間が空いたから、もしかしてテンション下がってるかもって思ってたけど。」
 そんな腑抜けじゃないみたいだねと、一端なご意見を紡ぐ、金髪金眸の小っちゃなコーチへ、
「そうだね。ベスト8までは進めたんだってのが、だからもう良いやってんじゃなく、悔しいなってカッコで残ってるんだろね。」
 彼女のトレードマークになりつつある、ささらに割れた古竹刀。それを小脇に挟んだ勇ましい姿にて、うんうんと…こちらさんもどこか感慨深げに頷いているメグさんで。王城とか千石大付属みたいな伝統ある古豪じゃあない。名前だけなら歴史がない訳じゃあないけれど、途中で熱意ある面子が退いたから。チームカラーも方針も、何から何まで今現在の現役が築いてる戦歴だけが歴史だっていう、立派な“新参チーム”にすぎなくて。昨年の秋も今年の春も、結構良い線まで勝ち残れたから…それを“ずぶの素人の力不足”とは言わせないってバネにして。その代わり、今度こそはの優勝狙い。暴走族あがりには無理だなんて言わせないぞと、皆の士気も高いままなのが何とも頼もしい。
「さて。それじゃあ、お昼ご飯の用意に取り掛かるかねぇ。」
 ここはチア班の女の子たちでもフォローは出来ようからと、大人数の食事を作らにゃならない方の助っ人へ、宿舎代わりの別邸へ戻るよと声を掛ければ、
「えと…。」
 小さなコーチ殿の玻璃玉みたいなきれいな金茶の瞳が、目尻の上がった大きな眸の中、ちらりんと浜の方を見やったものの、
「俺も行くっ。」
 この後のメニューは水に腰まで入ってのウォーキングと、キャッチボール。だからして、此処に居残ってたって出来ることってあんまりない。丘の上に借りたグラウンドに移っての、夕方からのトレーニングの方が手伝いようもあるからと、多少はあのその…額に汗して走ってる精悍な姿が名残り惜しかったものの。
「う〜〜〜。」
 未練を振り切るみたいにかぶりを振り振り、とっとと見切って。メグさんについてゆくことにした坊やであり。浜との仕切りか、潮風に煽られて揺れてる夾竹桃の濃緑の葉っぱが、痛いくらいに眩しかった砂浜ばかりを見ていた眸には、何とも優しい癒しになった。


  「ところで“らっせ、らっせ”ってのは青森ねぶたの掛け声じゃなかったっけ?」
  「おや?」


 そいや・そいや…っていうのも、御神輿の担ぎ手が足りなくてと地元以外から呼ばれたバイトや出稼ぎの方々が使ってた掛け声が、威勢がいいから、カッコいいからと広まったものなんだそうなので、あれを“江戸っ子の粋な掛け声”だとするのは大きな間違いだそうです、念のため。






            ◇



 先乗りという訳でもないけれど、メンバーたちが到着した八月初めより数日ほど前に、一足先にお邪魔していたものだから。葉柱さんチの海の別邸、間取りや何やの勝手は妖一坊やにもとっくに飲み込めており。かつては大人数での滞在もあったというお客様への対応が出来るよう、大量の食器や業務用の大きなナベやフライパンが揃っている、ガッコの給食室みたいに広くてタイルの床の厨房では、賄いのおばさんとチア班の料理上手たちとがお昼ご飯へ向けての戦闘態勢中。
「あ、メグさん、丁度よかった。」
 スープの味加減を見てもらえるかね、中華風にしたはいんだが、塩加減がどうもねと。おばさんが聞くのへ、デニム地のエプロンに髪をスカーフでまとめたメグさん、はいなと愛想よく大きなお玉を受け取ってのお味見。
「…うん。こんなもんでいいですって。」
「薄くはないかね。」
「も少し煮詰めるんでしょ? そしたら丁度いい濃さになると思うよ?」
 この別邸には小さい頃からお邪魔している彼女だそうで、おばさんともツーカーなやりとり。そんな傍らでは、
「俺も俺もっ、何か手伝うっ!」
 ベビーバスくらいはある大きな鍋や、どこぞの応援団が掲げていそうなでっかいおシャモジを使っての調理が、何だかアトラクションゲームのように見えるのか。こちらさんもやはり、置いてあった中から一番小さかったのを着せてもらったエプロンに、ヘアバンドで前髪を押さえた“戦闘態勢
(…。)”の坊やも参戦の意欲をあらわにしており、それは元気よく手を挙げている。とはいえ、
「う〜んとねぇ。」
 お姉さんたちよりもうんと、非力そうな小ささの坊や。トレーニング中の名コーチとしての活躍ぶりこそ、直に見聞きして知ってはいるが、大きな包丁だの、そのままお椀になりそうな大振りのお玉だの、小鉢が一度に30個は並べられる、配膳用の大盆だとか。この子の小さな手が操れるようなものってあったかしらと、皆様一様に小首を傾げ、
「ほら。坊やはこっち。」
 メグさんが“おいでおいで”と招いた先では、三時のおやつのフルーツ類の下ごしらえの真っ最中。グレープフルーツやパイナップルの、皮をむいたり切り分けたりのグループに混ぜられ、
「缶詰を開けて下さいなvv」
 黄桃やみかんの缶詰も、作業台の上にはずらりと居並ぶ。今時はプルトップ式の缶詰がメインになって来たものの、外国産のものなどはまだまだ缶切りが要りようで。少しだけ低い台の上、電動の缶切り器を使って開けては洗面器みたいに大きなボウルへ中身を空ける。
「シロップは捨てちゃダメだよ?」
「あ、は〜い。」
 果物とシロップをザルで漉して分け、シロップの一部を炭酸入りのジュースで割って、フルーツパンチを作るのだそうで。残りのシロップは、
「こっちのミキサーに入れてね。」
「は〜いっ。」
 黄桃と一緒にミキサーにかければ、シロップの甘さととろみが利いた、チーズケーキやムースに合う、フルーツソースの出来上がり。
「かき氷のシロップにも良いんだけれど。坊やは甘いもの苦手だから味見は無理かな?」
「う〜〜〜。」
 ちょっぴり上目遣いになって、小さな野ばらの蕾のような、薄くて形の立った緋色の唇を尖らせれて見せれば、
「や〜ん、かわい〜い〜vv」
「メグ先輩、いじめたらダメダメですよう。」
 野郎共には容赦なく厳しいが、女子には女子へのアピールを忘れず。これだから、婦警さんやらおミズ系のお姉さんやら、女性のファン層も尽きない訳ですね?
“末恐ろしい子だよ、まったく。”
 トレーニングの方での鬼っぷりも間近で見ているメグさんとしては、苦笑が洩れるばかりだが。だがまあ確かに、こういう姿だけを見ていると、何とも愛らしくてこちらの口許も緩む。淡い金色の髪はくせっ毛だからか、前髪や細っこいうなじの生え際なぞが ぴょこりと撥ねていて、そこがやんちゃそうな溌剌さを引き立ており。そのくせ、色白な肌の何とも儚げで愛らしいことか。金茶の瞳を収めた目許の、ちょいと力んだ腕白さも、ふわふわしてそな小鼻や唇、するんとなめらかな頬の線の、少女のそれのような可憐さには難無くカモフラージュされてしまうから。カナリアみたいな高めの声にて、愛くるしくも“お姉ちゃん”なんて呼ばれたら、もうもう視線が外せない。よ〜く見ていりゃ、キーウィの皮剥きとか、オレンジの飾り切りとか、子供とは思えないほどにあれこれ手際がいいのにネ? 時々、

  「これ、レタス? キャベツか。どうやって剥けばいいの?」
  「あやあや、セロファンがくっついてくるよう。取って取って。」

 思い出したように稚いお子様ぶるのも忘れない徹底振り。小さなお手々に、フルーツへとかぶせてあったセロファンが懐いて取れないのと、取って下さいなんて、大きな瞳できゅるんと見上げられたりしたならば、一体どこの女子高生がすげなく撥ね除けなんて出来ましょうや。

  “まったくだぜ。”

 おおうっ、びっくりした。裏庭から上がれるお勝手の方、厨房と食堂とを結ぶお廊下沿いの大窓から、ひょこりと入って来ていたのは、浜辺でのトレーニングを終えたらしき総長さんで。他の面々は表からの経路しか知らないが、そこは…ご本人の実家のようなものだからね。途中で分かれて、こっちへ回ったらしいのだが、

  “………う〜ん。////////

 一番小さなサイズとはいえ、一般女性がまとってお料理やら洗い物やらを手がけるエプロン。お洋服を汚さぬようにと、胸当てもあれば裾だってそれなりの丈があり。ランニング型のシャツに半ズボンという超軽装の上に着ているそれが、丁度お洋服を全部すっかりと覆っていて。薄い肩やら細い首、小さな顎の下には鎖骨が浮いてる喉元なんかが、すっかりすっきり あらわになってるその上に。形ばかりとはいえフリルの縁取りもある薄手の生地が、坊やの細っこくって伸びやかな脚の、お膝辺りでスカッと潔く切れているところなんて、あーた…。
「あれ? ルイ?」
 こっちに気づいてたかたかと、小走りに駆けて来た愛らしいご本人。少しだけ背伸びをしながら“しゃがめ”とこっちのシャツを引くもんだから。素直に従って屈んでやったところが、

  「………もしかして“裸エプロン”みたいとか思ってねぇだろな。」

 総長さんの耳元で…言うに事欠いて何てことを言い出すやら。

  「バッ、なっ! おま…っ、子供が、何てこと言ってやがるっ! ////////

 お兄さんも…そこまで慌てふためかなくとも。
(苦笑) 真っ赤になってあたふたと、がばりと勢いよく身を起こしたその拍子、背後に開け放たれてあった大窓の、桟の段差にスニーカーの足を取られて…中庭の芝生の上へお見事にも転げてしまった総長さん。あ〜あと苦笑をしながら、あのね?
“あすこまで大っぴらに照れたってことはサ、そゆこと思ってなかった訳じゃあないってことだよな?”
 それへと“まんざらでもない”と言わんばかり、うくくvvと嬉しそうに笑った小悪魔坊や。しっかりしなと傍らまで駆け寄ってやり、ちょっぴりわざとに…お膝をついての四つ這いになって、雄々しき胸板へ片手を突きつつお顔を覗き込んでやれば、

  「………お前、それ、わざとだろう。///////
  「何の話ぃ?」

 だからっ。その角度で首を傾げるなっ、身を乗り出すなっ。胸元から浮いたエプロンと素肌に隙間が空いて…ますます悩ましい構図になっているのへ、ますますのこと、真っ赤になるなる。

  “ああまで分かりやすく反応されちゃあねぇ。”

 悪戯盛りの坊やが からかわない筈がないじゃんかと。メグさんが呆れつつも苦笑した、合宿初日のお昼の真っ只中。先が思いやられる“青春の夏”もまた、一番の盛夏を迎えそうな気配でございます。









   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


   Q;合宿は始まったばかりだってのに、こんな調子で大丈夫なんでしょうか。

     1.1カ月弱もの日程を、全てこなせるかどうかは不明でしょう。
     2.またまた波乱が期待出来そうですねvv
     3.精神的な忍耐も重々養えるのでは?
     4.その他( )


  「全部なんじゃないの?」
  「俺も俺もっvv
   メグさんと同じ“全部”にxx年度のスーパーボウルのDVD賭けても良いぞ。」
  「…ほほぉ。じゃあ、一個でも外したらそのDVDは貰っていいんだな?」
  「おうともさっ。」
  「お前が途中で帰って1番をチャラにしたりはすまいな?」
  「当たり前だろ? そんなズルはしないよん♪」


 何を真剣に言い合っているやら。でもまあ、これで、日程半ばで破綻という憂き目に雪崩込むのだけは防げそうで。やっぱり坊やに振り回されてるには違いないと、メグさんやツンさん銀さんの双璧コンビが苦笑したのは言うまでもなかったりしたそうです。



  〜Fine〜  05.8.18.


  *ちなみに“sunny-side down”は、
   裏返してしっかり焼いた、両面焼きの目玉焼きのことだそうです。


ご感想はこちらへvv**

戻る